先日、NHKのBSでボルネオ島に生息するいろいろなカエルの生態をカメラに捉えた番組がありました。
ボルネオには、水辺に生息する、ナガレガエルという小さなカエルがいます。
このカエル、なんと水面をぴょんぴょんと跳ねて移動します。
なぜ水面を移動するのかというと、要は天敵から逃げるためです。
水の中にはカエルを食べる魚がいるからだと考えられています。
どうやって水面を跳ぶかですが、体の割に後ろ足がとても長くなっています。
そして、後ろ足の水かきが大きく発達しています。
この大きい水かきと、長い足から生まれる強力なジャンプ力で、水面を移動できるようになります。
面白いのは、このナガレガエルの、雄同士の縄張り争いの方法です。
自分のテリトリーに他の雄が近づいてくると、後ろの片足をゆっくりと横に拡げて、自分の足の長さと水かきの色を相手に見せつけます。
相手も負けじと、後ろ足を横に拡げて、水かきを見せつけます。
手旗信号ならぬ、足旗信号です。
そうやって後ろ足の見せつけ合いをして、こいつは適わないと思った方が逃げていきます。
産卵の時期になると、雄は、大きな雌の背中に乗っかって、雌と一緒に産卵場所に移動します。
雄より、雌の方が体が大きいのですね。
移動する途中、蛇に狙われたり、他の雄に、雌を横取りされそうになったりもします。
さながら恋愛ドラマのような修羅場があります。
で、横取りしようとする雄と、横取りされそうな雄がどうやって対決するかというと、やっぱり、後ろ足を横に拡げて、互いの水かきを見せつけ合うわけです。
ナガレガエルの世界では、生存競争の決め手となる、足の長さと、水かきの大きさ(色?)で勝敗が決まるみたいです。
互いに傷つけ合わずに、いわゆる足旗合戦で勝負を決めるという、カエルならではの共存の文化がそこにあるようです。
ところで、最近、男性学という分野を研究している方がおられます。
不思議な学問分野だと思われるかもしれませんが、これも社会科学のひとつだと思います。
その方が「『非モテ』からはじめる男性学」という著書を出版されたそうです。
実際に読ませていただいたわけではありませんが、新聞の紹介で知りました。
モテないことに苦しんでいる男性の、赤裸々な悩みを探究した書籍だそうです。
「非モテ」というのは、要するにモテないという意味です。
モテない男性が互いに体験を語り合う「非モテ研究会」というのがあって、そこに集まった男性たちが語るのは、イメージから来る「男らしさ」から自分が外れていることをからかわれた苦い体験だそうです。
自身の苦い体験を語り合うことによって、モテることを目指そうとはせず、他に優越しようという意志を薄れさせることによって、互いを認め合う、平等で、親密な関係性を生みだすのだそうです。
私自身も「非モテ」ですから、他人事とは思えません。
時代が移り変わり、「イケメン」や「イクメン」という言葉が市民権を得た現代の日本社会において、男性の価値観は、思いの外、自己否定的で混沌とした状況にあり、厳しいリストラクチャリングにさらされているようにもみえます。
価値観の多様性を尊重しようという非モテの思想がある一方で、どこまで行っても自然の生き物である私たちは、どこまで行っても画一的な価値観に支配されがちなように思います。
モテる「男らしさ」というのも、画一的な価値観の表れなのかもしれません。
価値観の多様性を求める非モテの思想と、画一的な価値観からうまれる少子化の問題は、どこまで行ってもそう簡単には融合できそうにないようです。
ナガレガエルの足旗合戦が、そう物語っているように思いました。