弁護士 今田慶太blog

弁護士法人 菜の花

ILO条約第190号「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」から、改めてDVについて考える

国際労働機関(ILO)は、労働問題に取り組む国際機関であり、第1次世界大戦後の1919年、ベルサイユ条約によって国際連盟と共に誕生しました。

第2次世界大戦後、「国際労働機関の目的に関する宣言」(フィラデルフィア宣言)によってILOの基本目標と基本原則が拡大され、同宣言は、ILOの今日的な目的と任務を表明する重要な文書となっています。

ILOは、1946年にILO憲章を採択、1948年に発行しました。現在、ILOには187カ国が加盟しており、日本は、1951年に加入しています。

さて、ILOは、労働者保護のための具体的な規範を、個別の条約を新たに作成するという方式で行います。

ILOが条約を採択すると、各加盟国は、条約を批准しその義務を受諾するかどうかを個々の条約ごとに決めることができます。この方式は、お客さんが好きな食べ物を選択できる食堂の形式であるカフェテリアになぞらえ、「カフェテリア方式」などと呼ばれています。

本日取り上げるILO条約第190号「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」(以下「条約190号」)は、2019年6月21日に採択され、2021年6月25日に発効した最新の条約ですが、日本は批准していません。

そのタイトルが端的に表現しているとおり、条約190号は、仕事の世界における暴力とハラスメントの問題を扱う初の国際労働基準となっています。

条約190号は、暴力及びハラスメントが、持続可能な企業の促進と両立しないことや、企業の社会的評価及び生産性に対して悪影響を及ぼすこと等を指摘し、さらに踏み込んで、「家庭内暴力が雇用、生産性並びに健康及び安全に影響を及ぼすおそれがあること並びに政府、使用者団体及び労働者団体並びに労働市場に関する機関が、他の措置の一部として、家庭内暴力の影響を認識し、並びにこれに対応し、及び対処することに寄与し得ることに留意」しています。そして、第10条において「加盟国は、次のことを行うための適当な措置をとる」とした上で、「 (f) 家庭内暴力の影響を認識し、及び合理的に実行可能な限り、仕事の世界におけるその影響を緩和すること」としています。

このように、190号条約は、DVの問題を家庭・個人の問題にとどまらない、仕事の世界に大きな影響を及ぼす重大な事象として捉え、加盟国に対し、その影響を認識し、影響を緩和するための措置を求めています。

「法は家庭に入らず」という法格言があり、かつては私的領域である家庭に国家は介入しないことが良しとされてきましたが、家族の非対称性(弱い立場にある女性、子ども、高齢者、障がい者)が認識され、DVや虐待が個人の尊厳と自由の観点から看過できない問題として認識されるようになると、日本においても、被害者救済のための各種法的規制が実現されてきました(DV防止法、児童虐待防止法、高齢者虐待防止法、障害者虐待防止法等)。条約190号は、DVに関する新たな国際的潮流を方向付け、更なる発展の可能性を示唆しているものと考えます。

折しも、コロナ禍によりテレワークの導入が進められ、仕事と家庭の境界が曖昧になるとともに、生活不安やストレスによるDV被害の増加、深刻化が懸念されるようになりました。DVに関する相談件数は、2020年に2019年度の約1.6倍の190,030件に上ると内閣府男女共同参画局は発表しています。

改めて、私達はDV根絶に向けた声を上げていかなければなりません。

そして、働き方や職場の在り方を考えるに際し、条約190条が示した視点は、非常に重要であると思います。